ひさおの独り言2016

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ひどい論文をレビューする、科研費テーマでひとりブレスト

夏頃にレビューした論文のリバイスに対するレビューの依頼が2件ほど。正直、「こんなわけわからん論文をレビューされられるのは時間の無駄」と思うものが最近たくさん送られてくる。投稿論文の体をなしていないものが多い。

そんな論文を世界に向けて発表しようという勇気もすごいが、それをレビューさせられる方はたまったものじゃない。論文の体をなしていないから、リジェクトを前提としておかしなところを指摘しまくるのだが、それが結局リバイスになって返ってくるから驚きだ。でも、もともと論文の体をなしていない(そういうものを書けない)オーサーが書いているわけで、リバイスしたってたいして良くなるわけではない。わけわからん論文であることには変わりがない。

「なんで私が見ず知らずの著者に、(タダで)論文の書き方指導をしなければならないんだ、これもコミュニティーへの貢献なのか?」と非常に疑問に思う。だめな書き方がなされた論文を多数読み、それを修正してあげようとする努力をすることで、自分が論文を書くスキルがあがる、あるいは自分達の学生に論文の書き方を指導する時のスキルがあがる、と思えばよいのだろうか。あるいは、そんなことも考えず淡々とレビューをこなすべきなのだろうか。

そして、特に出版料をとるジャーナルの場合、論文をリジェクトすることのコストのほうが大きいので、結局そういう論文でも最終的にはアクセプトになって発表されたりするわけだ。実際問題として、論文の数は増えるが質はどんどん下がっているような気がする。

そういうのを見ていると、自分たちはファンシーなジャーナルに論文が載せられていなくても、まだまともな「論文」は書いていると思って少し安心したりもする。・・・そういうレベルで話をしてもだめなんだろうけど。


さて科研費の申請書書きのシーズンだ。今年で科研費は切れるので、来年の4月に新規が採択されなければ「死ぬ」状態である(・・・実際には死なない程度の研究費は入る予定だけど)。

というわけで今年も気合を入れて申請書を書く。今年は、出そうと思えば5つ申請書が出せる。と言うか出せそうな気がしている。それぞれに幹となるアイデアはある。だけどもちろんそれを研究計画としてしっかり色づけしていかなければならない。

昨日から本格的に考え始めたのだが、パソコンをじーっと眺めていてもアイデアは浮かばない。いきなり文章を書き始めても、散文にしかならない。「えーっとはじめは何するんだっけ?」としばし考え、「アイデア出しだ」と思い出す。紙とペンを取り出し、1人でブレインストーミングを開始する。A4の紙が埋め尽くされたのが2課題、まだ隙間があるのが3課題。

科研費申請のために、アイデアを絞り出し、ゴールまで見据えた研究計画をたて、それを文章にしておくというのは、しんどい作業ではあるのだが、研究者としてとても大切な作業だと思っている。

そういう作業なしに思いつきで研究をすすめると、ある程度進んだところで思わぬ落とし穴に落ちる事がよくある。そうならないために、研究を始める前に、あるいは研究の途中ででも、じっくりと研究テーマを色んな角度から練る事は大切だ。また、そのテーマの大事さ・面白さを、審査員という他人に理解できる形の文章にすることも重要な作業である。研究成果というのは、それが研究コミュニティーに認められて初めて意味を持つものだからだ。

・・・というわけで一年に一回くらいこういう作業をすることは悪くない。・・・しんどいけれども。


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by hisaom7 | 2016-09-24 13:01 | 日記 | Comments(0)