ひさおの独り言2016

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「作品」が1つ完成、分野外では当たり前?

科研費の申請書、最初は「5つ書けるぞ!」などと意気込んでいたが、書き始めてみると、命が続かない。もっとも重要な1つ目はドラフトを完成させて熟成期間に入れた。これを作っている最中に、もう1つの方の「イケそうなアイデア」が浮かんだ。

「イケそうなアイデア」というだけでは、当たり前だが申請書にはならない。そのアイデアをサイエンスの文脈の上に乗せ、それがいかに面白いか、重要か、それをどうやって具現化するかを、説得力を持って文章で説明しなければならない。・・・これが、しんどい。

今回のやつは、ふっと湧いたアイデアで、これはイケそうー書けそうと思ったのだが、書き始めるとすっと落ちてこない。何度も何度も書いては捨て書いては捨て、ストレスが溜まりすぎたせいか内耳に障害が出てめまいがし、医者に行く羽目に。

それでも必死でやっていると糸口が見えてくる。背景概念を表す、誰も見たことのない図ができた時に、「これはキタ!!」と身震いする。そこからは割とスムーズに先に進んだ。文章の推敲もでき、さっぱりとした、満足の行くものができた。人に読ませられる「私の作品」ができた。

審査員のあるものだから、これが採択されるとは言えない。でも、良いものができたという満足感がある。今回もだいぶ「命削った感」がある。でも命削ったからここにたどり着いたんだろう。

最近思うことがある。

私は、自分が今までやってきた領域からはなるべく外に飛び出すような、誰もやったことがないコンセプトの仕事をしたいと思ってやっている。しかし、実は、それは私の領域だから外に飛び出しているだけで、他の領域では私がやろうとしていることは、実は、「そんなこと昔からやっている」だったりするのではないかと。私がやろうとしていることは、実はそのど真ん中の領域に行くと、ほとんど価値が無いのではないかと。その領域での論文を読めば、すでに答えがあったりするのかもしれないと。それは結構恐ろしいことだ。

だから、外には広がらず、深く深く入っていくサイエンスは安心できる。自分の知識を広げる必要がないからだ。その領域の学会に出て、そこで議論されていることさえ理解できていれば、それが知識の最先端だと安心して、今の自分の研究に邁進できる。ライバルに先を越される恐れはあるけれど、みんなでそろって同じ方向を向いているから安心できる。・・・でも私がやりたいのはそういうことじゃない。

だから、勉強するしかない。特に、色んな研究者に会って色んな話を聞くしかない。もう一つは、自分だけが持っている「軸足」をもつことだろう。最先端の知識だったり最先端の技術だったり、そういう確固とした軸足があれば、そこから外に踏み出しても、「昔からやっている」ということにはならないだろう。同じコンセプトを別のアプローチで再発見ー再確認なんてことにはなるかもしれないけど、まあそれはそれでOKだろう。

自分がどんな軸足を持っているかをちゃんと知っておくことは大事だ。トロントでの3ヶ月はそれをきちんと理解させてもらえる、良い期間だったように思う。

もう一つ。

4年前に採択されたおなじカテゴリーの申請書を見た。力がある。「無知の力」が。あれから4年間たって、私も色々と学んだ。それが色々な足かせになっているようにも感じる。研究費の申請書は、「(知らないから)知りたい!」というエネルギーに満ちていなければならない。そのためには知りすぎていてはだめなんだ。・・・でも不勉強を悟られてもいけない。だから難しい。



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by hisaom7 | 2016-10-23 13:36 | 日記 | Comments(0)