ひさおの独り言2016

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脱稿できそうな状況にはなった。

頼まれ原稿、ようやく脱稿できそうな状況に。

書けば書くほど「これ俺が書いていいのか」と思う状況に、逃げ出したい状況に。けどおかげで、数年前に相当時間を使ってやったことを発表する機会にできそうではある。
何度書いてもしっくりこないところがあって、書いては消し書いては消しを繰り返すことに。この産みの苦しみは、やはりスナックライティングでは抜けないんだよなぁ、多分。あとはちゃんと整形して、原稿を送り出すだけ、ということにしておこう。それにしても、数年前の俺、相当頑張ってたな。こんなことやる時間と能力があったんだな、と思う一面があり。

さてまだ完全に終わってないが、少しスッキリして、残りの頼まれ仕事を片付けよう。3月中には何とか終わらせよう。来週は出張で無理目の仕事もあり、ラボがてんやわんやになるかもしれないイベントがあり。



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# by hisaom7 | 2018-03-24 21:17 | 日記 | Comments(0)

今日のお仕事

今日は朝からKさんとスカイプ。ようやくデータ解析の基盤ができてきた。Kさんもその意味がわかってきたようで、あと少し頑張ればちゃんとしたものになるだろう。「うまく行ってません」、的な連絡が来た時にはどうなるかと思ったが。

その後は書き物と、頼まれ仕事。頼まれ仕事は少しずつ進めていかないと。先は長い。

その間にも新しいキーボードで遊んでる。右手が腱鞘炎になり、痛い。だが、キーボード、というかホームポジションからまったく手のひらを動かすことなく文章がかけるというのは、すごい体験だ。キー配置をカスタマイズ(リマップ)するというのもとても大事だということがわかった。ただ、問題は別のキーボードになると逆にまったく適応できないということ。カスタマイズの罠だといえる。  

あとは少しうるさいってことかな。オフィスの他の住人の迷惑になってなければよいのだが。まあそんなことは言ってられない。 

それから、日本語入力に最適化しているからと言って、英語の入力、エクセルへのデータ入力、プログラミングに最適だとは限らない。今日少しエクセルをいじったが、その時の数値の入力でどれだけ困ったか。思わずmacのキーボードを取り出して入力に使ってしまったよ。でもその後また新キーボードをカスタマイズして適応させたもんね〜。こりゃいい買いもんしたわい。



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# by hisaom7 | 2018-03-17 16:44 | 日記 | Comments(0)

書き物開始と新キーボード

いつまでも手を付けないと気分が鬱になりそうなので、書き物を初めた。新しいキーボードで。これがまあ使いにくい。んだが、そう思って古いキーボードに戻ると、なんかすでに使いにくくなってる。つまり、新キーボードになんかアジャストし始めているのだ。一番弱い右手の小指が相変わらず弱いのだが、これ、ちゃんと使ってたらだんだん使えるようになってくるんだろうか。 

書き物をやるってのが、実は一番落ち着く。つまりは、それが生産だから。生産してる感があるから安心できるのだ。とりあえず、今日からスナックライティングをつづけて少しずつでもいいので前に進もう。



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# by hisaom7 | 2018-03-16 19:05 | 日記 | Comments(0)

気分が乗らないとか言ってる場合じゃなく

春らしくなってきた。春らしく(?)、ラボもがら〜んとしてる。ちゃんと4月から(再)起動するのかしら?、我がラボ。

「書き物の締切が〜」とか言っているうちに、他の仕事が積み上がってきて、「気分が乗らない」とか言ってる場合じゃなくなってきた。明日は私の論文紹介、先日の11ページに及ぶレビューのリバトルに対する返事、某書類の評価、申請書書き、リバトル作成、講義の準備・・・と書き上げると大変なことになってるじゃないか。

まずは淡々と進められるところからすすめていこう、ということで評価の蓋を開けた。しばらくぶりにやるとついていけない。脳の使う部分が違うんだよな〜。アクセル吹かすしかない。


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# by hisaom7 | 2018-03-13 20:08 | 日記 | Comments(0)

サイエンスのレベルとは?

カナダにいるKさんとディスカッション。ようやくデータの本質に踏み込めそうだ。調べるべきことをきちんと調べ、自分たちのデータで何を示すことができ、何を示せないのかきちんと明らかにする。その上でその解析による発見を議論する。これができてはじめてサイエンスのレベルが1つ上がる。逃げちゃだめだ。

E君の論文のレビューコメントを紐解いている。レビューアーが私たちのフィールドではないようで、実験系がよく分かっていない。トンチンカンな事を言っている。幾つか実験をやれば通るレベルだと思うのだが、「この雜誌、この程度なのか?」と少々がっかりもする。正直、この論文がそういうレビューで通ってしまうのだとしたら、この雜誌のレベルが高くないという、最近なんとなく抱いていた印象が確からしいと思わざるをえない。

私がそんな偉そうなことを言って、「じゃあもっと良い雑誌に論文を出せるのか」と言われれば、残念ながらそうではない。だけど「この論文はこの雜誌のレベル」という自分の期待値よりもその雜誌のレベルが低そうということになると、それはそれでがっかりしたりもするのだ。「もっと来いよ!」と思うのだ。

知り合いの研究者の「飛ばした」プレスリリース記事を読む。最大の発見を示すグラフ、統計解析の手法にとんでもない間違いがある。結論は変わらないものではあるが、こんなグラフを示して恥ずかしくないのだろうか。こういうレベルの低いサイエンスを見せられるのもイライラする。

「間違ったもの(あるいはダサいもの)を提示してしまう恥ずかしさ・怖さ」こそが、サイエンスのレベルを上げる原動力なのだ。逆に言えば、それがない研究者は無敵ですらある。どんな論文でも通れば勝ち、ラッキーと思うのだろう。いずれにせよ、自分はそういうものを世に出さないような努力は続けたいと思う。そのための成長も研究者の喜びだと思う。


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# by hisaom7 | 2018-03-09 19:34 | 日記 | Comments(0)